2026/09/13
悲しいことばかり思い出す
2026/09/14 晴れ
暗い気分で過ごす。嫌なことばかり考える。
今日はうちの会社で手入れに入っている中で一番好きなお寺へ。刈払い機で伸びた草を除草。広い境内を一周してひたすら掃除。彼岸花が生えてきているので、折らないように気をつける。
このお寺は敷地内に流れがあって、仕事をしていると水の音が聞こえる。蓮の花もたくさん植わっている。背の高い蓮の葉は風に揺られるとザッザッと音がして、波の音のように聞こえる。
波も葉音も元は風だから似ている。川の音は水と重力の音。私は波の音が好き。海沿いに住んでいた子供の頃、夜に窓を空けて横になっていると波の音が、海鳴りが、聞こえてくる。灯台の光が天井を横切って、それを見ていると眠ってしまう。そういえば今日は空が高く感じて秋だと思った。私の頭上のドーム。夏の終わりだから元気が出ないのだろうか。寂しさ?私は夏なんて嫌い。
業務の一環で萩の株を縛った。親方と二人がかりで。
2026/09/15
今日も悲しいことを考えていた。そろそろ飽きる頃合いだといい。
昨日と同じお寺で手入れをする。敷地内にある小さな川の周りを除草。「シダとか、あったほうがいいなと思うものは残しておいてもいいよ」との指示で、こういうのは助かる。雑草でもきれいだと思うものは結構あって、あと雑草という名前の草は存在しないので、きれいだと思う、その基準が一番明確に感じる。審美が仕事に含まれること、私にとっては新鮮で嬉しい。スライドも文書も表やグラフも、そこで示される美しさは整然としていること。昨対比が良くなっているということ。川石の美は、私や、だれかが、きれいだなと思うこと。なので雑草を取りすぎないで少し間引くというようなことをしようとしたが、難しく、石の上になんとか張り付いている根っこや土たちの団結力はすごい。少しだけと手を付けると苔もシダも何かの根っこも土も全部がズルズルと剥がれてしまい、侘び寂びで言うところの寂びみたいなものを根こそぎとってしまった。

川べりの掃除の後は藪や生け垣に絡みついているツタを取って回る。ヤブカラシというツタがあり、これがあると本当に藪が枯れてしまうので結構一生懸命取る必要がある。ヤブカラシには黄色いつぶつぶとした花が咲き、その蜜は虫たち、なかでもスズメバチやアシナガバチなど獰猛系のメンバーに好まれている。ヤブカラシを取るためにスズメバチが蜜を吸っているのを待つ時間というのがある。
作業をしながら彼氏と別れたほうがいいのかなーと考える。まあ一緒に生活してると色々とあるわけだ。人と暮らすのはすごく大変で、でも人と暮らしていくのって割と普通のこととして世の中で扱われており、私はそれに苦しんでいるのかもしれない。結婚とか家族を作ることって人と暮らすこととセットで、それは普通のことで、そのあたりまえさにどうしようもなく憧れてしまう。自分を普通より下の存在だと思いつづけてきたから、奇をてらうわけではなく、普通になりたいと強く願う。
2026/09/16
あまり悲しくなくなってきた。明るい雨。
今日も同じ寺。誰も来ない荒れ放題の裏庭に入っていってツタをとり、あじさいの花がらを取って少し剪定。あじさいは枯れ枝をあまり元の方から抜きすぎてはいけないらしい。枯れ枝が支柱代わりになって、株が横に広がったり枝が倒れたりするのを防いでくれるとのこと。枯れ枝ってムカつくから全部抜いてたわ。ヘヘッ。
今日もスズメバチがたくさん飛んでいる。今年は毛虫も多いし蜂も多い。私はまだ蜂に刺されたことがない。スズメバチとは何度か目があっているんだけど、見逃してもらってる。ありがとう……。スズメバチは目の前にするとかなりデカくて驚く。単三電池で動いてるんだと思う。この仕事を始めて虫に会うことが増えたけど、虫に会って私がびっくりするとき、向こうもまた私以上にびっくりしているっぽい。
お盆が終わったあたりから徐々に気分が落ち込んでいって、最近はずっと塞ぎ込んでいた。根気強く長めの睡眠を取って、温かいご飯を食べて、人と会って話すのを繰り返していたら少しずつ回復してきていて、その近道のなさに気が遠くなる。風邪を引かないように気をつけるとかは結構完ぺきにできるんだけど、気分の波を管理するなんていうのは不可能で、これは内面と言うより私の触れることが出来ない大きな潮の流れみたいなものが存在してて、もうそれに巻き込まれるのを避けることは出来ない気がする。なるべく凪いだ海に浮かびたいと祈るしかない。最近のテーマは祈りかも。もう、精一杯頑張ってるので、後は祈るしかない、みたいな。









