最近は蚊についてよく考えている。なんでってまあよく出るから。仕事を始める前にまずは蚊取り線香に火をつける。植木屋に限らず工具を使う仕事の人たちはパンツのウエスト部分とは別にベルトを巻いていて、そこにいろんな道具をぶら下げる。いわゆる腰道具いうやつで、私はハサミを3,4種類とノコギリ、小熊手、小箒とそこに蚊取り線香を下げている。金鳥の蚊取り線香が手に入りやすいものの中では一番良い。アースより金鳥。森林香という強力な屋外用のものもあるけど、それは煙がすごくて腰から下げていると熱くなるらしい。お灸。
朝には蚊がいない。15時を回り少し日がかげってから一斉に出てきて吸血活動を始める。暑い日中はゆっくり休み、涼しくなったら出てくるわけだ。優雅ないい生活であることよ。しかも血液って動物が絶滅しない限りは吸えるわけだから、いい栄養源に目をつけている。別に多少血を抜かれるぐらいはいいんだけど、痒くさせるのは、なに?過ごしやすいときだけ活動して半永久的に尽きない食料を手に入れてなんか痒くさせる、虫。憧れかもなー。
こういうことを絶え間なく考えながら仕事をしていて、最高だなと思う。植木屋さんで働いていますと言うと大変でしょ?とよく聞かれるけど、なんだかな。大変は大変なんだけど、それはこの仕事の良さを何も損なわないから、はあ、まあ。みたいなぼんやりした相槌を打ってしまう。ていうか前の仕事でも外資系IT企業で内勤営業をしていますというと大変でしょ?とよく聞かれていた。前の仕事だって大変だけど存分にいい面があったので、はあ、まあ。みたいな。仕事で疲弊していることを期待されているように感じる。あとその人が私から受ける印象に対して、その仕事はハードすぎると言われているような気分にもなる。身の丈にあっていないのではという評価に感じて、それも少し嫌なんだろう。なんにもさ、なんにもだよ。
今日はいつも手入れしている寺の墓場で一日中草むしりと枯れ葉の掃除をしていた。枯れ葉をかき分けると親分のようなだんご虫や落ち着いた歩みのムカデ、きれいな芋虫、かなりびっくりした様子のミミズなんかがでてくる。ムカデや芋虫のような脚の多い虫はその波打ちにいつも感心する。木や草を手入れすると、今の時期は必ずと行っていいほど虫に出会う。特に梅のような果樹はすごくて、王国だなと思う。ここにはなんだか国がある。有機的なうごめきの気配。お邪魔をしてすみません。私はすぐに去りますし、またたく間に新しい芽吹きがありますからね。
例えば私は今日墓場で、近くの家から聞こえてくる音楽をきいていた。ツツジの茂みに頭を突っ込んで、下から見上げる藪のうつくしさをみた。カタバミの束をむしりながら、なんだか三つ葉のおひたしが食べたくなった。雑草を抜くときには雑草を抜くときだけの力加減がある。地上に出ている茎を弱く引っ張ると、土がこちらを引っ張り返して、それで根がどちらに張っていっているかがわかる。その真逆にゆっくりと持ち上げていくと、上手に抜けて、それが面白い。誰かによってよく手入れされた墓もさっぱりしていいけれど、苔がこびりついた石の台座だって格好がいい。どう見たって子どもが眠っていそうな墓石を見て少し悲しくなる。土は真夏に触れても少しひんやりしていて、土の下の骨たちは眠りやすいのだろうか。蒸し暑いと寝苦しいから。この間読んだ『ペドロ・パラモ』という小説では墓の下で骨たちがずっとささやきあっていた。私は死後何をささやこうかな。
強い風で本のページが自然とめくられていくようにたくさんの考えごとが私を通り過ぎていく。私はいい映画を見ているときとか、いい演奏を目の前にしているときとかもこうなっていて、すごく豊かな状態だと捉えている。大変なことは本当におまけでしかなくて、私はかなり柔らかい白い羽毛のような気持ちでいるよ。
明日は知らん人ん家に行って庭を手入れする予定。たのしみだなー。










